JazzTokyo レビュー by 齊藤聡

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2020年8月2日

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Text by Akira Saito 齊藤聡

冒頭のカエターノ・ヴェローゾの曲「Trilhos Urbanos」からうきうきさせられる。静かな中で3人が軽くふわっと浮かびあがるようにステップを踏んでいる。ダンスを起点として音価を長く伸ばしつつ、ふたりのフルートという凧が広い空間で滑空したり互いに近づいたりする、それがアンサンブルそのものとなっている。その例えを続けるなら、エリオ・アルヴェスのピアノは凧の糸をゆるめたり引っ張ったりする役目か。曲名はアーバントレイルであるからむしろ感じるのは地上の風かもしれないが、想像は自由。なにしろカエターノ・ヴェローゾなのだ。かれが自身のアルバムのこの曲で吹く口笛と同じ解放感がここにはある。

この跳躍する愉しさにエルメート・パスコアールの音世界を感じていたのだが、続く「Para vocês com grande carinho」こそパスコアールから贈られた曲なのだという。愉しさの謳歌に加え、人を愛おしむときの哀しさがあるようだ。

城戸夕果のオリジナル「Lulu」でのフルートは、内面からぼうと光る芯のある音色を持ち、波を次々と作っては乗り越えて次に進んでゆく。伴奏するフルートも、またステージをリズミカルに揺らすようにするピアノも、時間の不可逆性をポジティヴにアピールしていてとても気持ちがいい。

続く2曲はヒロ・ホンシュクのオリジナルだ。フルートの思慮深さとアンサンブルの和音とが、複層的なサウンドを呼び寄せている。流れの中にさまざまな色の絵具を垂らし、それらの変わりゆく色合いがサウンドの妙である。小さな音にも意味が感じられる。和音の美しさが、聴き手の心の内面に向かう流れを生みだしているのかもしれない。

アルバムを締めくくる「A rã」はジョアン・ドナートがなんども歌っている曲だ。もともとじわじわと変化しつつ繰り返されるおもしろさがあるのだが、ここでも3人おのおのが異なるフラグメンツを持ち寄っては重ね、また次の形を求めるというあんばいだ。視覚的でもあり、光の明滅を伴っている。

このアルバムをなんども繰り返し聴いていると、息遣いと音色との関係が直接的なフルートという楽器の不思議さがとても面白く感じられてくる。サックスが持つようなエンジンではなく、風とともに得られる自然な揚力のようだ。

(文中敬称略)